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「怪談」 (前編) [怪談]

 「カミガモ寮」は築二十年は経っていようかいう鉄筋モルタル四階建ての
見るからに古い建物だった。ほどよく痛んだコンクリートの外壁にはいくつ
もの亀裂が走り、おざなりな応急処置が施されていた。
灰色を通り越して黒ずんだコンクリート。ところどころ欠けたまま放置され
ている玄関前アプローチ。
初めて玄関前に立った私は気が滅入ったものだ。

京都は上賀茂、住居より田畑の目立つ静かな町。
背後に大文字焼きの一つ「舟形」を背負い、道をはさんだ正面には水を張っ
た水田が広がっていた。およそ街の騒がしさから隔離された場所。
「上賀茂寮」は某大手予備校の予備校生専用寮である。

談話室を兼ねた食堂と、週に三日はボイラーのトラブルで使用出来なくなる名
ばかりの大浴場が一階。一階の一部と残り全ての階は、タコ部屋と呼ばれる小
さく狭い寮生達の個室が連なる。
屋上には2台の洗濯機と物干し台がいくつも並び、一目で増設とわかる継ぎ足
された新しい金具によって異様に背が高くなってしまったフェンスによって囲
まれていた。
「トリカゴ」と呼ばれる様になった所以である。
見渡せる光景はなかなかに雄大でかなり広々としており、本来、開放的な空間
であるのだが、寮生達は洗濯物を干すとみな足早にここを後にしたものだ。
増設の原因について、あえて尋ねる者はなかった。

寮生に割り当てられる小さな部屋。
日本で最も小さいとされる京畳で、3畳。
そこにベットと机が配置されるものだから、文字通り「歩く隙間もない」部屋
である。内装も外観同様痛んできており、いつもカビのにおいが漂っていた。
多感で不安定な時期を浪人という苦しい立場で過ごさなければばらない。
その恨み辛みが、ある時はペンでまたある時はカッターナイフで建物のいたる
ところに刻まれていた。

一階を除く全ての階にやや広めの部屋が一つ設けられている。
一般寮生の部屋3つ分の大きさほどであったろうか。
各階の班長と呼ばれる管理人兼住人の部屋だ。
彼らはもれなく現役京大生であり、これまたもれなく弁護士を目指す国家試験
の浪人生でもある。つまり、無口ではあるが笑顔を絶やさない沖縄出身の料理
人さん以外、全ての住人がみな浪人生なのだ。
当然のことながら、女人禁制のむさっくるしい男子寮である。

 梅雨が終わり初夏を迎える頃にもなると、寮生達は気の合う仲間数人ずつの
グループを作っていた。
夜になればグループ内の誰かの部屋に酒や肴を手に手に集い、雑談に興じる。
彼らはそれを「集会」と呼んだ。
青森・東京・鹿児島・・・、全国各地から集まった彼らの話題はもっぱら故郷
の紹介に自慢。様々な方言が飛び交い、飲んだ酒も手伝って集会は毎夜深夜ま
で続いた。
今にして思えばホームシックや受験の憂さを少しでも紛らわそうとしていたの
だろう。

季節柄、集会の話題はお国自慢から怪談へとその姿をかえた。
部屋の灯りをおとし、百物語を気取る。
地方独特の話・学校の怪談・自身の体験・そして最も多い人づての話。
いつしか一人一話が義務づけられ、彼らはみな必死で怖い話を探したものだ。
ウシ女・徘徊する首のないライダー・路面にうつ伏せで倒れたまま乗用車を追
いかける老婆・・・。
時には止めさせようと入室した班長をも巻き込んで、深夜の怪談は毎晩のよう
に繰り返されたものだ。

 その夜の集会は私の部屋で行われた。
ご法度のアルコールとタバコ。精一杯の背伸びをしつつ、ある者は酔い、ある
者は咳き込みながら、さもそれに慣れているかの様に振舞う。
いい加減ネタも尽きようかという頃、班長が飛び入りした。

「おまえらなあ、そのエネルギーをちったあ勉学に向けろよ?」

そう言いつつも、浮かべる不敵なその笑みはこれから話す怪談にかなり自信が
あることをうかがわせた。

「いいか?・・・とっておきだぞ? 眠れなくなっても知らんぞ?」

私と同じ四階の住人である彼は、すこぶる雄弁であった。
その表現方法、間の置き方はその怪談が幾度となく繰り返し彼の口から語られ
ている事を物語った。

「ほらソコ、ここから見えるあの建物。田んぼの向こう、正面だ。
 あの建物、ちょっと妙だろ?」

彼が窓越しに指差す先には、薄ぼんやりとした月明かりにかろうじてそのシル
エットが浮かんでいた。
一般住宅ではない。三階建てのアパートの様に見える。

「昼間見ればすぐ分かるんだが、あそこの一階は廃屋になってるんだ」

言われてみれば、建物に設けられている室外灯が一階だけ灯っていない。

「・・・あそこにまつわる話だ」

 数十年前、あの建物は京都では有名な着物を染める工場だったそうだ。
一階全フロアが工場で、残る二階・三階は社宅になっていた。
従業員はみな女性で、上賀茂寮とは正反対の女子寮だったそうだ。

若い娘ばかりのその寮で、流行っているものがあった。
「コックリさん」だ。

一枚の紙に五十音と鳥居の絵を記し、様々な事を占う呪術の一種。
かなりの歴史があり、現代でもその名を変えながら伝承されている。
誰しも一度は経験があるのではなかろうか。

私が寮生であった当時でさえ、何もない閑静な場所だ。
さらに過去となるその時代には、娯楽も少なかったことだろう。
その呪術が流行ったのもうなずける。

お昼休み、就寝前、幾度となく繰り返される呪術。
ある時それは起こったそうだ。

ある娘が流産して退社したのだ。原因は不明。同僚ですら気づかなかったこと
からおなかが目立つ前のことだろう。
家元に帰った彼女はその後体調をくずし、風のうわさに「ミドロガイケの病院」
に入院したそうだ。

京都でミドロガイケの病院と言えばそれは、精神病院を指す。
「深泥池」と表記し、池もそこに隣接する精神病院も実在する。
池というよりは鬱蒼とした森に覆われた沼で、非常に不気味な場所だ。
この地にまつわる怪談・奇談は尽きない。

ほどなくして彼女達の流行は姿を消した。
入院した彼女こそ、最も頻繁に呪術を行っていたためだそうだ。

コックリさんのたたり。
知っての通り、コックリさんという呪術は一種の降霊である。
コックリさんと呼ばれる何者かを呼び出し、伺いをたてる呪術だ。
返答してくれるコックリさんとは、実際のところ何者かわからない。
死者の霊であったり、神であったりする。実にオカルト的要素の強い呪術なのだ。
ちょっとした作法やルールがあり、それを破った場合、罰が架せられると信じら
れている。
遊戯感覚で幾度も幾度も行った彼女たちには、どこか引け目を感じてしまうとこ
ろがあったのだ。

彼女たちが、退社した同僚のことを忘れかけたある夏の夜。
窓を大きく開いて涼をとっていた娘が、懐かしい顔をその窓の外に見かけたそうだ。
ゆらりゆらりと左右にゆれるようなその歩き方は、まるでしたたかに酔った者のそ
れに見えたらしい。
注意して見ると、なにやら探し物をしている様子だったという。
声を掛けようとした彼女は、自分が二階にいることを思い出し悲鳴をあげた。
彼女は宙を漂よっていたのだ。漂いながら、哀しげな顔で探しているのだ。
名前を呼んでいたことから、彼女は産むことの叶わなかったわが子をさがしていた
のではなかろうかということだ。

「それから間も無くして工場は閉鎖された。不幸が立て続いたためらしい」

静まり返った寮生達を見て、得意げな表情をみせた班長はさらにこう続けた。

「・・・明日にでも見に行けばいい。一階の工場跡は外からでも見られる。
 これはこのあたりじゃ有名な話だ。今でも時々現れるそうだぞ?
 流産した彼女だが、ミドロガイケの精神病院に今も入院してるんだ。
 ・・・生霊ってやつだ。」

「オレの話はこれで終わりだ。
 ・・・そーだな、熱いから窓開けるのは仕方ないが、あまり外は見ないことだ。
 彼女に遭いたくなければな? ・・・さあ、帰った帰った!」

班長のとっておきに打ちのめされた寮生たちは、皆早々に自室へと帰って行った。

一人になった私は簡単に部屋をかたづけ、全開の窓を半分ほどしめベットに潜り
込んだ。時刻は深夜二時。

目を閉じるとつい今しがたの怪談が頭をかすめる。極力窓が見えない様に私は寝
返りをうった。
疲労と酒の力があいまって、急に睡魔が襲った。私は眠りについたらしい。

うだるような京都の夏。その夜、私はとんでもない恐怖に遭遇する。
                                           (つづく)

(中編) http://blog.so-net.ne.jp/udauda/2005-02-21


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コメント 6

ばばる

わーお。どきどきどき・・・。
by ばばる (2005-02-16 17:13) 

mayumi

うん、うん・・・
ドキドキするよ。

更新されたら部屋を暗くして来るよ。
by mayumi (2005-02-16 20:52) 

nobuko

楽しみです~~続きが。
ワクワク ドキドキ・・怖いお話大好きです♪
by nobuko (2005-02-17 06:18) 

のぶ

「元気の源」こめんとをいつもどーも!
・・・けっこう苦戦してます。
これ、ノンフィクションなんです。
なんとか2話でと思ってたんですが、はみだしそー?
by のぶ (2005-02-18 19:41) 

ふむふむ・・ww

へぇーーーーノンフィクションなんだ!!
怖いけど、、、ありえる話!!
次回楽しみです。。
さすがのぶさん、、状況が伝わってくる感じ!!
文章の表現力が・・憎いwwふむふむ・・
by ふむふむ・・ww (2005-02-19 18:13) 

おばど♪

↑名前の所に題名を入れてしまったー!!失礼!!あはは~
とら姫様のお話も、また載せて下さいねww
楽しみにしています。。
by おばど♪ (2005-02-19 18:25) 

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