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怪談 「バスコール」 [怪談]


  いつものよーに、ながったらしー迷惑メールを送ったのは盆休みも終了間際、
  8月15日夕刻のことなのでありました。

  ・・・「挑戦状」 と銘うったそのメール。

  内容は、競作の依頼であります。
  オリジナル怪談でコンペしないかね? と、悪友ふたりを煽ったんであります。
  快諾してくれたワケでありますが、そこはもれなく全員社会人。
  私にいたっては部屋探しでパソコンすら触れぬ毎日。
  8月末までとゆー期限はたちまち過ぎ、じゃー、9月15日に締め切りを前倒
  ししようとウダウダしてたら、・・・今日はもう9月13日。

  重い腰あげて、ネカフェに飛び込み 「・・・6時間パックで!」 と叫んだ次第。
 
  いろんな思惑があって挑発したワケですが、いいだしっぺがオトすワケには
  参りませぬ。
  ネカフェは私の大好物、漫画がわんさとありまして、強烈なる誘惑ビームを放
  ってくる危険な場所でもあるワケですが、これより、キーボードとかくとーする
  所存であります。

 




 

「バスコール」


 休日出勤を依頼され、それでも懇願されるとついつい快諾してしまう彼ではあるのだが、
休日ゆえに、社内改装やら工事とぶつかり、退社時刻の17時まで仕事が出来たためしは
なかったのだった。

「・・・なんだかなあ?」

秋めきつつある空ではあったがその日、土曜15時の太陽は夏の断末魔にしては少々強烈
な凶暴さを持っていた。 予定より2時間も早い退社を余儀なくされた彼は、バス停のもうし
わけ程度の日よけに隠れながら、紫煙とともにそうつぶやいたのだった。

「こんなコトなら、・・・思いっ切り寝てりゃよかった。
 ・・・休日手当て付くから、まっいっけど?」

彼がグチるのも仕方ない。
週末のこの時刻、彼はほとんど毎週、なかなか来てくれないバスを待ち、こうして太陽と
格闘していたのだった。 今日は水道管の取替え工事、先週は電気工事、先々週は事も
あろうにトイレ工事で、社内全てのトイレが使用不能になり、出社早々帰宅させられたの
だった。

待つこと数十分。
照りつける太陽光線にコガされた彼は、待望のバス到来に飛び上がって喜んだものだった。

普段の通勤時間と違い、クラブ活動を終えた学生たちがわらわらと降りて来る。
奇声をあげながら、降車と同時に我先に駆けていく。

必要以上に良く効いたクーラーに安堵のため息をつきながらも、彼は舌打ちする。

「チッ ・・・低床かよっ」

ご老人向け低床バス。
確かに乗り降りし易いのだが、座席のほとんどが横向きの一体型ベンチシートになっており
丁度、普通電車の車内の様な仕様になっている。
進行方向にたいして横向きに座るそれは、電車の比ではない強い振動とあいまって、彼は
すぐに酔ってしまうのだ。

仕方がないので進行方向向きの座席に座るのだが、直径1メートルを超えるタイヤの真上
にしか見当たらない。 低床仕様がアダとなり、ほとんどよじ登るという感じで座る事となる
のだ。 この席にご老人は、まず座る事は出来ないだろう。

一番前、丁度運転席真後ろの座席によじ登り、やれやれと座り込む。
運転手の発車アナウンスを耳にして、彼は目の前の運転手に目をやった。

最近ではあまり珍しくもない事なのだが、運転手はスタイルの良い中年の女性であった。
大袈裟にでかいハンドルを操作するその腕の、なんと細い事か。
なんなら男性ですら尻ごみするだろうこの巨大な車体を、なんなく支配する女性の存在感。

「ご乗車ありがとうございます。 発車いたします」

女性のやさしい声ってのは、・・・やっぱりいいもんだな。 彼は感心したのだった。
男の声より? ってゆーか、女性の方がサービス業とか接客業に向いてるよーな?
・・・ん~~? それは僕が男だからか? いやいやいや?

彼がいつものくだらない哲学を始めだした時、車内に次の停車駅を告げるアナウンスが流
れた。

「次の停車駅は○○。 ○○でございます」

一瞬の間を置かず、停車指示のバスコールが流れる。

《ピンポーン 次、停まります》


哲学し始めた彼であったが、ふとした疑問が頭をよぎり、・・・彼は哲学を中止した。

これらのアナウンスはあらかじめ録音されたモノである。 運転手によるモノではない。
ワンマンが主流となったバス業界では当たり前の設備だ。

停車駅を告げるアナウンスは、運転席にあるスイッチによるもので、停車指示を告げる
バスコールは、車内の至る所に設置されたスイッチを停車希望の乗客が押すことによって
告げられる。

彼の頭をよぎった疑問とは他でもない、後者《ピンポーン 次、停まります》なのだった。

 

停車指示のあった次のバス停は、とある設計事務所の正面であり、バス停の名前にもその
設計事務所の名前が付いている。 高速道路に隣接するそのバス停は、逆にいえば設計
事務所の他になにもない。 ただ田園が広がっているだけ。

平日の通勤時間ならマレに停車する事はあっても、土曜のこの時間に停車した事はただの
一度もない。

・・・誰が降りるんだろう?

彼の関心は、このヘンピな駅で降りる乗客に注がれたのだった。

 

指示通りバスは停車し、降車用のドアが開かれる。
・・・が、いっこうに降りようとする乗客が現れない。

彼は振り返り、車内を見渡した。
土曜の昼下がり。 乗客はまばらだ。 ご老人が4~5人のみ。

「・・・お降りのお客さま? いらっしゃいませんか?」

女性運転手が少し困惑の入った声でアナウンスする。
・・・返事は無い。

「・・・いらっしゃいませんね? 発車いたしますよ?」

 


・・・やっぱりね?
こんなトコで降りる人なんてそーそー居ないってば。
・・・なんかの手違いだろな?
彼は座り直し、太陽光線によりコガされつつある眼前の風景に目を移した。

彼はこの境界がなんとなく好きであった。
ギンギンに効きすぎたクーラーと、強烈なる太陽光。
ガラス一枚へだてた、文明と自然との攻防。 その境界線。
日に当たる右上半身はうっすらと汗ばみ、クーラーが直撃する左半身は寒さにこわばる。
この妙な矛盾が心地よいのだった。

ウインカーを点滅させながら、ゆっくりと走り出すバス。
やや間を置いて、次の停車駅を告げるアナウンスが流れる。

「次の停車駅は○○。 ○○でございます」

その時であった。 
一瞬、そう、一瞬の間も置かず、なんなら停車駅アナウンスとかぶりながらバスコールが
車内に響き渡る。

《ピンポーン 次、停まります》

 


彼は再び振り返っていた。

攻防の境界線を優雅に楽しむ余裕は一瞬で消え去り、深い猜疑心が彼を満たす。
・・・何かが起こっている。 ・・・何かがおかしい。 

車内に数十箇所取り付けられているバスコール用のスイッチは、全て紫色のランプを灯し
何者かがスイッチを押した事を物語っている。

イタズラしそうな子供や学生は一人も居ない。
怪訝そうな表情となってしまったご老人が居るだけだ。

さきの停留所もそうであるなら、今しがた停車指示のあった次の駅もほとんど停車などし
ない駅なのである。

・・・なんなんだ? コレ?

彼は薄気味悪いモノを感じ始めていた。

 


「・・・お降りのお客さま? いらっしゃいませんか?
 ・・・いらっしゃいませんね?」

彼の思った通り、この停留所でも降りる客は居なかった。
女性運転手のアナウンスには、困惑というより緊張が聞き取れた。
無駄な停車と無駄なドア開閉。 
彼の陣取った最前列の座席はドアのすぐ近くで、湿気を帯びた熱い外気が開閉のたび、
彼を襲うのだった。

ゆっくりと走り出すバス。
運転手がスイッチを入れる。 彼はその動作を見つめていた。

「次の停車駅は○○。 ○○でございます」

《ピンポーン 次、停まります》

 

若干の間を置いて、女性運転手がアナウンスを入れる。

「次の停留所でお降りの方はいらっしゃいますか?」

返事は無い。

「・・・どなたか、お荷物がスイッチに当たっていませんか?」

返事は無い。

「・・・一度、リセットさせて頂きますね?」


そんな事ができるのかと、彼はまた感心していた。

運転手が停車指示のリセットをかける。
車内の紫色に点灯したバスコール用スイッチが、一斉に消える。
10秒ほど間を置いて、再起動させる。
・・・再起動させるやいなや。

《ピンポーン 次、停まります》

 


車内のご老人たちがざわつき始めた。
おのおのが顔を見合わせ、スイッチを押していない事を確かめ合っている。
手荷物をひざに持ち直し、スイッチに当たっていないか確かめている。
彼もまた、足元に置いていたデイバックをひざに置き直していた。

停車指示があれば、停車せざるをえないバス。

 

停車し、降車用ドアを開け、・・・誰も降りない。

「お降りのお客さまはいらっしゃいませんか?」

なんどもなんども後ろを振り返りながら、懸命にアナウンスする運転手。

 

そして。

《ピンポーン 次、停まります》

 


なんとももどかしい、なんとも愚かしい不気味な繰り返しが止まらない。

 

停車のたび、開かれたドアから浸入してくる焼け焦げた外気といらだちと不気味さ
に見舞われ、彼は血圧を上昇させながら明確すぎる悪意にアテられそうになる。

・・・ダレだってんだ?
・・・ナニがしたいんだ?



間抜けな停車が5~6回繰り返された所で、事情が変わった。

市民病院前のバス停で、彼を除くご老人たちが全員降車したのだった。
こんなコトは考えるのも失礼なのだが、女性運転手をからかった乗客がいたのだろう。
・・・彼はそう思う事にした。

彼の目的地はこのバスの終着駅である。
そこはJRと私鉄が一緒になったビルがあり、彼はそこで電車に乗り換える。

すっかり安堵した彼は目を閉じ、終着駅まで居眠りをきめこもうとしたのだった。

執拗に熱い太陽光と、無駄に効きすぎるクーラーのせめぎあいに身をゆだね座り直す。
暑さと寒さの攻防に、バスの心地よい振動が加われば、2分と待たずに眠りに入る事が
できるだろう。
この巨大なバスは今、彼の貸切り状態だ。

「次の停車駅は○○。 ○○でございます」

《ピンポーン 次、停まります》

 


彼は耳を疑った。

振り返って車内を見渡す。 ・・・だれも居ない。
不安そうな表情をした女性運転手と目を合わせ、彼は首を振った。

「違います! 違いますよ?!
 僕は、○○駅、終着駅で降りるんです!
 僕じゃありませんっ!」

・・・じゃあ、誰だっていうのだ?
説明しながら彼は、薄気味悪い思いを拭えずにいた。

「・・・では、終着駅でよろしいんですね?」

力なくしかし笑顔で答える、女性運転手。

 

停車指示を無視して停留所をバスは通過する。

次の停留所アナウンスも切られたままで走行する。
・・・しかし。

《ピンポーン 次、停まります》

 


運転手と顔を見合わせた彼は、ゆっくりと立ち上がった。
赤信号で停車した事を確認し、恐る恐る車内を後方に進む。

ひとつひとつ、バスコール用のスイッチを確認する。

紫色のランプが不気味に点灯した車内。 彼は薄ら寒い感覚と効きすぎたクーラーに
ふるえながら、最後尾を目指した。

「お客さま、発車いたします。 ご注意下さい」

青信号に変わり、バスが走り出す。 
それでも彼は、確認を止めようとしない。
つり革、バーを器用に伝いながら、彼はとうとう最後尾に到達した。

「・・・あっ! コレだ!」

 


最後尾はバス特有の集団掛けベンチシートになっている。
その一番後ろの席、座先の背もたれに取り付けられているバスコール用スイッチ。
そこには、絆創膏が貼りつけられていた。
しっかりと念入りに貼られた絆創膏によって、スイッチは強制的に入ったままになっ
ていたのだ。

彼が乗車したバス停で、わらわらと降りていった学生たち。
彼らのイタズラだったのだ。

渾身の力を込めて、そのにっくき絆創膏を剥がした彼は、まだ不安そうな表情の運転
手にその絆創膏をかかげて笑った。

「ありがとうございました」

やっと笑顔になった彼女の声を聞いて、彼はまた哲学を始めていた。
・・・やはり接客業には、女性が似合う。

「・・・お客さま? 走行中ですので、お席にお座りください・・・ね?」

・・・やはり接客業には、女性が良く似合う。


タグ:怪談
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コメント 5

のぶ

おひさしぶりです! 生きてます!(笑)

こーゆーケツ叩きがないとなっかなか更新しない僕ですので(笑)
部屋探し巡礼の旅は遅々として進まず、こーしてネカフェからの
投稿でございます(笑)

またしてもオチ付きの怪談でありますがコレ、ほぼ実話。
じっさい、結構こあかったんでありますよ?

相変わらず、ちょいと時期を逸した怪談ですが(笑)
コンペになっておりますが、参加した二人の作品はまた後日
アドレス載っけますのでこちらもご覧下さいまし。
なんせネカフェからなのでアドレスがわかんない(笑)




by のぶ (2008-09-14 21:05) 

もく☆

こんばんは☆
す、すみません!!
ほんとーにダメなんです。
怪談系。
今回はむり(CMの広末涼子風にお願いします)
弱虫でごめんなさい;;

by もく☆ (2008-09-15 22:48) 

のぶ

ちなみに作中の聞き慣れぬ単語「バスコール」は
単なる造語ですので念のため。
「次止まります」ではタイトルとしてヘンだったので(笑)

競作相手の2作品でありますが。
方や、ミクシ。
方や、18禁。
・・・残念ながら紹介できませぬ(笑)
ともに力作なんですが、ご了承下さいまし。


♪もく☆ さま
いつもどーも(笑)
例によってオチ付き怪談なんで、笑う事はあっても
間違っても恐くありませんのでご安心を。
・・・怪談としてソレは、だめじゃん(笑)

・・・ムリ!
ちゃんと広末の声で聞こえました(笑)


by のぶ (2008-09-21 18:58) 

310

(怖いんで)コメントでオチがあるってことを知った上で
安心して読ませて頂きました。(反則?)

昔、坊主のタコヤキ?恐怖のタコヤキだっけか?の話、
聞いたときのこと思い出しました。
(なにげに怖かったス)
ちなみにボクはバス乗ると「バスコール」一番に押すことに命かけてます。
感想は、え〜っと...
構成といい詳細な描写といい伏線の張り方といいウマイっすね。
オチがあると知りながらもドキドキしましたヨ。
次回作?期待してます。
by 310 (2008-09-30 01:55) 

のぶ

何気に自由度が高すぎて、失敗の感がぬぐえませんが
いちおー、「怪談コンペ」と銘打っておりましたので、
・・・「怪談審査委員長」(笑)もおられるのでありました。

♪310さま

ホントわざわざどーも! あいかわらずリチギでありますね。
次回は審査じゃなく、ゼヒ参加者になってくださいまし(笑)
えー、怪談じゃなくてショートショートってのはどうでしょう?
・・・トクイでしたよね?
ミクシもほどよく停滞してるコトですし(笑)

ヒトのこたいえませんが(自爆)

by のぶ (2008-10-13 20:52) 

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