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06晩夏の怪談 第一夜 「山小屋」 [怪談]

(語り部) スガさん

 自分は親の命令「自転車屋になれ!」を無視したにも関わらず、息子には「医者になれ!」
 と自分の夢を押し付ける、ワガママ極まりない勝手な男 = 父 が送り込んだ「刺客」。
 当時、神戸大学の経済学部に在籍していた大学生。 ・・・ゆーところの「家庭教師」 。
 明瞭活発・文武両断、すらりとした長身・さらりとしたその顔とそのスペックはかなり高い。
 それでいて他人を見下すよーなイヤミなところが皆目無く、まさしくえーかんじのおにー
 ちゃんなのであった。 母の評判もたいそー良かった。 ・・・もしかして オトコの敵?
 唯一の弱点といえば、その容姿からはまるで想像できない大の 「SF好き」。
 「さぶかるちゃー」とかゆー、例によって「分かりそーで微妙に分かんないヨコモジ」をも
 ってしてヲタクを持ち上げている平成の今とは違い、昭和は「SF好き」とゆーだけでイミ
 も無く迫害を受けるとゆー、まさしくSF冬の時代なのであった。
 そんな中、自らを 「トレッキー(『スタートレック』ファンの呼称)」 と公言し、当時の
 SFヲタク月刊誌 「スターログ」 をあろーことか、電車内でひろげるとゆー暴挙すら平気で
 やってのける稀有なヒトなのであった。 ・・・心臓にケが生えてたダケかもしんない。
 家庭教師は週に1~2度。
 19:00から始まる一対一の個人授業は、途中20分ほどの休憩をはさみ、バス最終時刻
 ギリの21:40まで実施された。
 勉強したくない僕はなんとかその話術を駆使し、授業を中断・脱線させウダウダ話に終始さ
 せるべく「話のコシの折り方」「脱線スパイラル」「相手を乗せる」等のムダスキル向上に
 まさしく命を賭けて挑んだのであった。(べんきょしろよオイ!) 
 ウダ話最高スコアは 2時間40分。 一分たりとも勉強セズ。 ・・・ダメじゃん?
 ゆーまでもなく、僕にSF魂・映画熱・上記「話ジシャン(わじしゃん:口先ですべてを乗り越える
  ことを可能にした最高レベルの話し手の呼称)《恐らくH学園限定》テクニック」
 を注ぎ込んだのはこのスガさんなのである。
 今どーしてるのかなー? スガさん、おげんき~~?

天候の話・ニュースの話、その他さまざまなウダ話を全て回避され、授業前半の70分が経過
してヨレヨレとなった僕は待ちに待った休憩時刻にほっと胸を撫で下ろしたのだった。
母のいれたこーしーと、普段では何があってもお目にかかることのないおっしゃれーなケーキ
を口にはこびつつ、恒例であるスガさんとのウダ話となる。

 「そいえばスガさん? 部活とかはナニしてんの?」
 「ワンダーフォーゲル部 だよ」
 「わんだ・・・ふぉー・・・? ナニ?」
 「ワ・ン・ダー・フォー・ゲ・ル」
 「ハツミミだ。 ・・・ナニする部、なんスか? ソレって?」
 「ん~~? そーね、『 野山をハイズリマワる 』部!」
 「へ~~~ ・・・って、はああ?」

スガさんはそのフレーズがとても気に入ったらしく、以来幾度もいくども好んで使った。
ピッケルやザイル、カラビナにハーネス、それら登山用品で身を固め山頂に挑む、本格的登山
ではなく、比較的軽装備での野外活動をおこなう部、なのだそうだ。
その類似性から、山岳部とごっちゃにされるらしい。 とにかく、野山をはいずる部、なのだ。

 「よし、ここで テスト だ」
 「・・・!

予想だにしなかった展開に、僕はイスごとひっくりかえりそーになった。
スガさんの涼しいカオが、にやーーっと大変意地悪そーな笑みでゆがんだ。

 「いやいや、さっきやった英語のテストじゃないよ? 山での基本」
 「・・・山での基本?」
 「そー。 クマさんに出会っちゃった編
 「森のクマさん? え~~~? 日本にクマなんて出るんスか~~??」
 「出る! 毎年数人はクマに襲われて亡くなってるんだぞ?
  まー、そんなに確率は高くないケドもだ、クマってヤツは猛獣だから怖いんだぞ?」
 「『グリズリー』に『アドベンチャーファミリー』! あの映画観てからとゆーもの、僕は
  あのプーさんさえ怖いっス。 女の子とか、なんでクマのぬいぐるみを買いたがるのか
  ぜんっぜん分かんないっスもん。 ・・・日本にも出る! 犠牲者も出る!
  ・・・山には行かん。 もー二度と行かん!
 「あっはははは! サスガにグリズリーは出ないよ。 ま、しかし、なんかのハズミで行っ
  ちゃって、ツキノワグマに出会ったとしよう!」
 「はあ・・・」
 「山道を歩いてたらバッタリ! さて、どーする?
  あ、最初に言っとくと『死んだフリ』はよしときな? アレ効かないから
 「効かないんだ! 知らんかった・・・ どーするってもなー? じゃ、逃げる?」
 「おお、正解。 で、二択になるワケです。
  一番、今来た山道を逆方向に全力疾走。 二番、ワキにあるケモノミチを全力疾走。
  ・・・さて、どっち?」
 「・・・山道。 一番です!」
 「・・・はい残念。 キミは死にました
 「ええ~~~!? なんでなんでどして~~~??」
 「じゃ、逆に聞くけど、なんで山道選んだの?」
 「だって、そりゃホラ・・・走りやすい・・・逃げやすそーだから」
 「そのとーり! なんだけど、人間にとって走りやすい山道はクマにとっても同じなんだよ。
  ・・・って、コレは先輩からのウケウリなんだけどね。
  これは実際にあった話なんだ。 クマと遭遇しちゃった哀れな登山家たちは全部で4人。
  山道がふたり、ケモノミチがふたり。 ケモノミチを選んだふたりは、背後にあがる悲鳴
  を聞きながら必死で逃げたんだってさ。 ふもとで事情を説明して、そのふたりを捜索し
  てもらったんだけど・・・。 ふたりともお亡くなりになってたってハナシ」
 「・・・うん。 ぜって~~~、山には近づかない。 決定!
 「あははは。 まあ、普通にしてればまず遭遇しないけどね。 覚えててソンはないでしょ。
  ・・・とまあ、そんなムダ知識を身に付けながら『野山をハイズリマワる』部なんだ」
 「うん。 ・・・かなり興味ありません、僕。 だいたいね? 山ってホラ、怪談ってゆー
  か怖い話とか多いじゃないですか? 遭難とか、落ちちゃったとか、見捨てちゃったとか、
  ほんでもって、置き去りになったヒトが追いかけてくるとか? そんでナニ? クマまで
  出てくんでしょ? そーゆーのは、ヤ、です」
 「・・・ほほー? ナニ? 怖い話、キライ?
 「・・・たいしてキライじゃない、っスよ? しょーがくせいじゃ、・・・あるまいし?」

・・・にやり。
スガさんの涼しいカオがまたしてもにやーーっと意地悪く、そのイミありげな笑みでゆがんだ。

・・・にやりっ。
あくまでスガさんには気取られないように、僕はひっそりと笑みを浮かべたのだった。

どーやらスガさんのスイッチが入ったみたいだ。 休み時間はすでに終わっているとゆーのに、
しゃべりたくて仕方が無いってカオになっている。 いーでしょ。 お付き合いしましょ。
さー来い! このままラストまでウダ話で行ってしまえい!

 「いいかい? コレは我が神戸大学ワンダーフォーゲル部に代々伝わる実話なんだ。
  僕は部長から、部長はその前の部長から聞いたって話で、ずいぶんと昔の話なんだよ。
  正確にいつなのかは知らないけども、実話だから、・・・・・怖いよ?」


怪談レベル:0.5(5点満点)

06晩夏の怪談 第一夜 「山小屋」
(晩夏ってか、秋まっさかりなんですケド。バンカって響きがかっちょ良かったので)

 眼鏡に付着した水滴を忌々しそうに拭いながら佐崎(ササキ)はその鉛色した空を睨んだ。

「・・・悪いな厨間(クリヤマ)、『華麗なるカレー』はまた今度になりそうだ」

つい先程まで雲ひとつ無かった空がまるでウソのように豹変し、氷のつぶて、ヒョウが見渡す
限りの景色全てを激しく叩いたのだった。 時間にしてほんの数分。 ヒョウはやがて吹雪と
なり、たちまちのうちに彼らの視界を奪ってしまった。

山の天候が変わり易く天気予報がまるであてにならない事など、彼らは百も承知していた。
行楽の季節とされる秋だが秋の山はその実、危険な冬山と変わらぬ危険をはらんでいる。
それにしても彼らを襲った天候の急変は、この三十年近く記録に無かったほどのものであった
と後の新聞はうたったものだった。

神戸大学ワンダーフォーゲルサークルは毎年恒例である新人歓迎の合宿に向かった。
きまった日時、きまった場所。 三年生の佐崎は都合、3度目の場所である。
地形はもちろん、どんな服装・装備で向えばいいのか、だいたいの気候までその頭に刻み込ま
れている。 新人の歓迎と、サークルに入って間も無い新人に山歩きの基本を体験してもらう
ため、さらに言えば新人の体力を計るというのがこの合宿の目的だ。 当然のことながら、攻
略し易い山であるし、気候も涼しい時期を選んでいる。

なにひとつ心配しなくていいはずの合宿だったのだ。

それゆえに、突如として襲った異常気象は彼らを必用以上に苦しることとなるのだった。

「佐崎さん、雨・・・ですか?」

眼鏡を外し、こめかみあたりを指でさすっている佐崎に向かって小崎(オザキ)が心配そうに
訪ねたのは全行程の四分の一、経済学部に属しながらもシェフを目指す小崎がその腕を発揮し
絶品なカレーを振舞う山頂を目指して進む、午前10時半頃の事であった。

小学生時分の無理な遠泳がたたり、佐崎の肩こりは中学生からの付き合いなのであった。
どういった理屈かは不明なのだが、彼の肩こりはひどくなると首へ移動しやがて頭痛を伴なう。
きまってそれは天候が変化する時なのだ。 彼が偏頭痛を訴えると、かなりの確率で雨が降る。
こめかみをさするという行為は、彼の頭痛が始まったことを意味していた。

「人のこと予報マシンみたいに言うなよ。 見ろよ、この空。・・・大丈夫だろう、たぶん」

「・・・だと・・・いいんですがね」

苦笑いする佐崎をよそに、心配そうな顔を晴れ渡った秋空に向ける小崎。
彼は佐崎の頭痛と天候変化の関係を、この二年間の付き合いで熟知していたのだった。
佐崎は後続の二人を見やり声をかけた。

「宮元(ミヤモト)、厨間はちゃんとついて来てるか?」

「柔道でインターハイに行ったってのは本当みたいですね。 にくったらしいほど元気ですよ」

「自分でしたら大丈夫ッス。 山歩き無しじゃ生活できない田舎の出身ッスから!」

「そいつは心強いな。 それじゃペース上げるぞ。 昼前には山頂だ。 小崎の作るカレーが
 『華麗なるカレー』と呼ばれる理由も、ソコで分かる」

「自分はソレにつられて入部したよーなもんッスから!」

サークル副部長で三回生の佐崎。 二回生の小崎、宮元。 そして今回の合宿の主役である、
一回生で新入部員の厨間。 四人は一路、目的地である山頂を目指したのだった。

事態が急変したのは、それから一時間もたたない頃の事であった。

小崎の杞憂がものの見事に的中し、今や2メートル先すらも見渡せぬ猛吹雪の山中。
軽装備で来てしまった事を呪いながら、佐崎は頭を急回転させた。

この装備・この状況で山頂を目指す事は、下手をすれば遭難してしまう事を意味する。
今来た道はいわば、新人の能力を試すため故意に選んだ困難な道。 これを使っての下山は、
この状況下では危険度が高い。 山は登る事も大変なのだが、下りる事はさらに大変なのだ。

「・・・小崎、プラン変更だ。 山小屋に避難するぞ」

「それしかなさそうですね」

「・・・北西、上りで4キロちょい。 山道に復帰するのに1時間、そこから30分。
 ・・・ってトコですか」

「この天候じゃ、そーも行かないだろうな。 プラス1~2時間ってとこだろう」

「厨間、ちょいと予定変更だ。 ふんばれよ? なに、ほんの4キロぽっちだ」

「余裕ッス!」

元気な返事はしかし、荒れ狂う吹雪の音にさえぎられた。

山道への復帰は彼らの予想を大きく超え、困難を極めた。
道なき道との戦いに加え、視界をさえぎる吹雪は軽装備である彼らの身体から体温と体力そし
て、希望を着実に奪って行ったのだった。

最後尾を歩いていた新人、厨間の足が遅れ始めた。
それを気遣った宮元が、先頭を行く佐崎に声をかけたのは避難を決定してから2時間後の事で
あった。

「佐崎さん、厨間が遅れてます。 ・・・荷物を分散しましょう」

「・・・賢明だな。 おい厨間、リュックおろせ」

「いや、・・・自分はまだ、・・・」

「ふらついてるぞ、足。 いいからおろせ」

厨間のリュックには食料・簡易テント・寝袋など、能力試験のため必要以上の重量が収納され
ているのだ。

まだまだ頑張れると意気込む厨間を押さえ、宮元が彼のリュックに手をかけた時の事であった。
自分が思っていた以上に疲れていた厨間の足がもつれ、その巨体が大きく傾いた。

厨っ!」


とっさに右腕をのばした宮元は体勢を大きく崩しつつも、近くの木の幹を左手で掴み、かろう
じて厨間を支えたのだった。

しばしの沈黙のあと、安堵のためいきとともに佐崎と小崎はその偉業に賞賛を贈った。

「へへえ! 今の動きは『居合い』やってなきゃ、ちょーっとできないな!」

「居合いなんていま時分、役に立つとは思わなかったぞ、宮元!」

「・・・しかし、リュックが・・・ふたつも・・・」

無念そうな宮元の目線を追うと、谷底を目指して勢いよく転がって行くリュックがふたつ。
厨間と宮元が背負っていたリュックであった。
下手をすると自分が転がっていたのかもしれないという思いが脳裏をかすめ、厨間は戦慄して
呆然と立ち尽くしていた。
赤色と緑色したふたつのリュックは瞬く間に叩きつける吹雪の中に見えなくなってしまった。

吹雪の中で立ち止まるという事は、残った体力を無駄に消耗してしまう事を意味する。
現状では到底不可能なリュックの回収を諦め、彼らは山小屋へと足を進めたのだった。
強襲した悪天候に加え、食料と固形燃料、唯一の防寒具であったテントに寝袋が失われた。
彼らの健闘をあざ笑うかの様に、事態は悪化する一方であった。

「・・・おいっ! アレだ! 見ろ! もうちょっとだぞ!」

佐崎の声がはずんだ。 一行は佐崎の指差す方向を見上げ、吹雪にかすむ山中に小さな人工建
築物をみとめ、歓喜の声をあげた。 登頂をあきらめてから実に5時間が経過していた。



「・・・これだけか。 無いよりはマシ、・・・って感じだな」

佐崎が深いため息と共にそうつぶやいた。 小さなログハウスのほこりを被った床に無造作に
ひろげられた、佐崎と小崎の背負って来た物資。

「・・・調味料は腹の足しになりませんね」

調理担当の小崎のリュックには、実に様々な調味料を満載していた。 ルーを小麦粉から作る
本格的カレーを振舞うためであった。 しかし、肝心の米・小麦粉・具材は今や谷の底だ。

「板チョコが5枚と、角砂糖がひとふくろ、・・・っても開封済みで中身は半分。
 飲料水だけは十分ってのが救いだな。
 ハンドタオルが4枚に、下着が4着と靴下が4束。 あとは使えんモノばかり、か」

「お! 俺、確か・・・、チョコバー1本! ちょっと溶けてますが」

宮元が自分の胸ポケットから取り出した、妙なカタチに変形してしまったチョコレートバーを
誇らしげに天へかざした。

「そーいや、ポケットに・・・、俺も! アメ玉5個! 発見!

「はっはっは! 全員甘党でよかったな!
 いいか厨間、山男はこういう状況のために『甘いもの』を常に携帯してるもんなんだ。
 『 糖分は疲労時の特効薬 』だからな。 よーーく覚えとけよ?
 糖分はもちろん、『 砂糖 』だ。 人工甘味料じゃダメだからな?」

「あ! 自分、ガム持ってます! 確か胸ポケットに・・・あ、コレです!
 ・・・あれ? 三枚しか残ってないや・・・ しかも、キシリトールはいごう・・・」

暗い小さな山小屋に高らかな笑い声があがった。
本来ならばシェフ小崎の振舞う『華麗なるカレー』に向けられるべき歓喜の声なのであったが
計画変更してからこちら長時間笑っていない彼らにとって、腹の底から笑うという行為は彼ら
自身を勇気付ける行為となったのであった。


山小屋中を探しまわったのだが、非常食は無かった。 時期が悪いとしか言い様が無い。
電気の無いこの様な山小屋では、冷蔵庫なる文明のリキはまるで意味をなさない。
非常食は冷蔵を必要としない乾パンや生イモ等が一般的で、床下などに配置している。
遭難が予想される冬や夏の前に管理者がその非常食を補充するのだが、彼らは補充される前に
この山小屋にたどり着いてしまったのだ。

靴下・下着を二重にして着込み、ハンドタオルをマフラーとして首に巻く。

「いいか、厨間? 『首』という字がつくところ、手首・足首、それから首な?
 ここには、体表面ちかくに動脈がはしってる。 動脈から熱を奪われるとあっという間に
 体が冷えてしまう。 いいな? ここを冷やすな。 
 両手はワキの下に挟んで手首を守れ、靴下はアキレス腱のあたりまで下げろ。
 タオルのマフラーもダテじゃない。 首をはしる動脈を保温するんだ。 わかったな?」

時刻は19:00をまわっていた。
依然として吹雪はその猛威を少しも弱めること無く、容赦無く気温を下げていった。
下山は不可能。 彼らはこの極寒の山小屋で一夜明かすことを余儀なくされたのだった。


風と雪を防げるのは今の彼らにとってもっけの幸いであったが、如何せんその装備、無いに等
しい食料、そして山小屋に到達するまでの予想以上の体力消費。
古いログハウスはいたるところが傷んでおり、わずかながら隙間風も舞い込む。

4人は部屋中央で背中をあわせ座り込んでいたのだが、佐崎がその危険を察知した。

「厨間、寝るな! ヘタすりゃ死ぬぞ! おい、小崎、宮元!」

いつの間にかウトウトしていた3名は目を醒ますやいなや、その寒さに身震いした。
耳が体温を失いじんじんと痛み、ほほやらひたいやら、顔中が痛みを発している。
なんとしたことか目が開かない。 まぶたが氷った涙で貼り付いているのだ。
ペットボトルの水にうっすらと薄い氷がはりつつある。

なんてこった! この部屋は氷点下だぞ! 今、何時なんだ? 
 ・・・ずいぶんと寝入ってたみたいだが?」

「零時20分です。 ・・・マズイですねこれは」

「これから明け方にかけて、ますます温度は下がるってコトか?」

「・・・まだ10月だってのに・・・」

「ね・眠いッス・・・」

「とにかく立て厨間、チョコを一欠け口に放りこめ! 凍死するぞ!

立ち上がった4名はあるいは腕を振り回し、あるいはその両手で顔を叩き、思い思いの方法で
体温を上げ、眠気を散らした。 窓に駆け寄った佐崎は愕然とした。 
吹雪は未だ止んでおらず、窓枠に雪が積もっているのだ。 暗くてまるで視認できないが、恐
らくあたりは銀世界と化していることだろう。

「・・・秋山で凍死なんて、ホント冗談じゃないぞ・・・」


あの手この手で眠気そして、寒さと闘う4名であったが、いよいよ動く体力すらが無くなって
きてしまった。 小崎の腕時計はその時、午前2:00を告げていた。

最後の角砂糖を全員にひとつずつ配りながら、佐崎は告げた。

「夜明けまであと5時間弱。 なんとかしてもちこたえなきゃならん。
 ・・・そこで提案だ。 みんなよく聞いてくれ。

 ヒトの睡眠ってヤツは、寝入ってからおよそ15分から20分で熟睡に到る。
 この状況で熟睡しちまったら、考えたくないが・・・まず二度と起きることはないだろう。

 だが、体力的に限界も来ている。 動き回ることももう一時間すら、できやしない。

 ・・・そこでだ。
 部屋の四隅、そこにひとりずつ座って仮眠をとる。 ただし、寝るのは3名だけだ。

 残るひとりは寝ずに待つ。
 壁をさすりながらゆっくりと前に進み、次の四隅を目指す。
 この狭さだ。 どれだけ緩慢に進んでも、部屋の隅から部屋の隅まで3分もかからんだろう。

 四隅にぶちあたったら、ソコで仮眠をとってるモノがいるってコトだ。
 そいつを起こして、自分がソコに座り仮眠に入る。

 起こされた者は同じ様に次の四隅を目指す。 ゆっくりと壁伝いだ。

 順次それを繰り返していけば、誰ひとり熟睡せずに仮眠が取れるって寸法だ。
 幸い俺達は4名いる。 四隅に配置できるってことだ。
 現状では、こんな方法しか思いつかん。

 ・・・どうだ?」

「・・・それで行きましょう。 みんな体力的に限界です」

「・・・合点」

「ね・眠いッス・・・」

「よし、じゃあみんな、四隅に散ってくれ。
 一番バッターは俺がひきうける。 いいか? 時計回り、右回りだぞ?
 起こされたヤツは右回りで壁をつたって、次の四隅を目指す、・・・これでいいな?」

「OK!」

「がってん!」

「眠いッス・・・」



こうして、なんとも愚かしい緩慢なる行進が始まった。

言葉通りゆっくりと佐崎は次の四隅を目指した。 真の暗闇。 現代人は暗闇を知らない。  
街灯、ネオン、それら文明のリキによって現代の夜は本当の暗闇を出現させられないのだ。

街灯はもちろん、月明かりすら吹雪とぶあつい雲によって遮られた山小屋は今、真の暗闇で満
たされていた。 ずるっ ずるっ という佐崎のゆっくりとしたすり足の音だけが響く。

左手の丸太をさする感覚だけが頼りだ。 時おり古くなって痛んだ床の飛び出した釘や床板に
つまづきながら、佐崎はゆっくりと進んだ。

小崎から借りた腕時計で時間を確認する。 ライトが灯り、この暗がりで時刻を確認できる時
計は彼の腕時計しかなかったのだ。 3分をめどに進むのだが、ゴールが見えぬ以上、どれ位
のペースで進めばいいのか分からない。

ふいに左手が壁にあたり、佐崎は身を固くした。

次の四隅に到着したのだ。 ゆっくりと身をかがめ、仮眠をとっている小崎を探す。
右手が小崎の肩にあたり、彼を確認した佐崎は安堵のため息をついた。
時計は2分と30秒。 少し早かった様だ。

「・・・すまんな小崎? 交代だ。 おい? 起きてくれ」

「や、もう来ましたか。 ホント、疲れてますね。 座ったとたんに寝入ってました。
 ・・・了解です、任せて下さい」

「足元に気をつけろ。 思いの他痛んでてつまづくぞ。 すり足ですすむんだ」

「・・・りょーかい!」

小崎の体温で温まった床に腰を下ろした佐崎は、小崎の言葉通り、瞬時にして睡魔に襲われた。


ゆっくりと進む行進はやがて、周の最後尾である新人、厨間の番となった。

「・・・やれやれ、やっと着いたか。 ん、時間通り3分。 おい、厨間? 起きてくれ?」

宮元のごつい手に揺らされた厨間は何が起こったのか理解するのに少々の時間を要した。

「・・・あ、ハイッ 自分の番ッスね? 今起きます」

ゴンっと鈍い痛みが宮元のアゴと厨間の頭を強襲した。 勢いよく立ち上がった厨間の頭が
宮元のアゴにあたったのだ。

仮眠している他の部員を気遣って、声を出さずに暗がりで痛がる二人。
おかしなものでいつしか二人はこの最悪の状況下、小さく笑っていた。
宮元には災難であったが、おかげで厨間ははっきりと覚醒することができたのであった。
小崎の腕時計を手渡され、宮元と交代する。
彼は左手を壁にあて、佐崎の行った通り時計周りに進んだのだった。


吹雪の音が響く。 まだ吹雪いているのだ。
壁の丸太は氷っているかの様に冷たく、触っている左手がひりひりと痛む。
厨間はふと立ち止まり、首に巻いたタオルをしめなおした。

今、自分が背負う任務の重さに身震えがする。 もしこのリレーが途切れてしまったら?
翌朝、この山小屋には4つの冷たい死体が横たわることになる。
厨間は右手で自分のほほを張り、気合を入れなおした。

みながそれぞれ3分かけて歩いていたのであれば、自分を待っている次の番、佐崎は12分
寝ることになる。 15分から20分で熟睡してしまう。 佐崎の言葉が脳裏をかすめた。
この疲労だ。 10分足らずで熟睡に陥ってしまうかもしれない。

そう思うと厨間はあせり始めた。
かといって十分な休息もとらせてやりたい。 予定通り、すり足でゆっくりと進むしかない。
はやる心をおさえつつ、彼は足を進めた。

気が遠くなるほど長い3分だ。 180を越す巨体ゆえ、すり足のペースもかなりおさえて
いるのだが、時計はなかなか3分になってくれない。

5度目の時刻確認をすませ、彼はいらだちをつのらせた。

暗がりを進む。 ずるずるという音と、あの憎っき吹雪きによる風の音。
暗闇とは、本当に何も見えないのだなと厨間は思った。
かなりの田舎に住んでいたと自負すら覚える彼であったが、これほどの暗闇は久しぶりだ。

ふいに壁をさする左手が異物にあたった。

・・・壁だ。 3分を待たずして、次の四隅、佐崎の待つ場所に到達してしまったのだ。
時計は2分10秒。 
待つべきか、起こすべきか。 厨間は数秒悩んだが、起こすことにして身をかがめた。

両腕を前に突き出し、ゆっくりと佐崎を探す。

その指が佐崎の体に触れることを期待しつつ、あちこち両腕を振るのだが、両手は空しく
宙を彷徨うばかりであった。

・・・おかしい?

両手が床にあたった。 この四隅には ・・・誰もいない?

そんなハズはないと厨間は必死でそこいらじゅうの壁を探った。
ところがどれだけ懸命に手を振りまわそうとも、そこで寝息をたてているであろう佐崎に
かすりすらしないのだ。

・・・消えてしまったとでもいうのか?!

厨間は半狂乱になって佐崎を探した。
ふと気がついて右手に持っていた腕時計の小さいライトを灯し、四隅を照らす。

ほのかなで頼り無いちいさな明かりが照らしたその四隅には、誰も居ない!

戦慄が全身を走り、彼は思わず叫んでいた。

「佐崎さんっ! どこですかっ! 返事してくださいっ!
 宮元さんっ? 小崎さんっ?
 みんな、どこにいるんッスかーーーっ!









「・・・なんだ、厨間? もう俺の番か?」

思いもよらぬ方向から声が響き、彼は声のした方向に体を向け身構えた。
それは次の四隅、順番でいけば2番手小崎がいるハズの方向であった。

「な・なんでそんなトコにいるんスか、佐崎さん!
 やめてくださいよ。 タチ悪いイタズラ! 笑えませんよっ!」

「・・・なにがだ? 俺は動いてないぞー? あーー眠い、寒みーーい」

「どしたんだよ、厨間? 起きちゃったぜ俺?」

「ははあ、ウチドコロが悪かったかい? 厨間?」

厨間はなにがなんだかまるで分からず、とにかく佐崎の声がする方向に向かった。
厨間の灯した腕時計の明かりを頼りに、小崎・宮元が続く。
暗がりには確かに4人いた。 なにも異常はない。

問題は佐崎が居るハズの場所に居なかったことだ。

厨間は必死でそれを説明したのだが、話の途中で小崎が高らかに笑い始めた。
遅れて宮元、そして佐崎までもが笑いはじめたのだった。

「・・・? なんスか? なにが可笑しいってスか??」

「あーはっはっはっ! スマン、厨間! 俺が悪い! 俺のせいだ。
 四隅に4人じゃ、そーなるわ! あっはっはっは!」

「????」

「だから、厨間、ソコは俺がスタートした場所なんだって。
 俺はそこから出発して、小崎んトコに向かったんだ。 わからんか?
 俺がソコから歩きだしたんだから、そこには誰も居ないよな。
 すまん、厨間。 こわかったろ? あっはっはっは!」

厨間がなんとかその愚行を理解し、4人全員で高笑いをした頃、猛吹雪はウソのように
やんでいたのだった。


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好きなんですよ? オチ付き怪談。
幽霊の正体みたり枯れ尾花。 こわいダケじゃなくちょいと笑わせてくれる怪談。
あと、情を感じさせてくれる怪談とか好きです。

っても、オチがコレ ですからね(笑)
ホントくろーしました。 正味ンとこ、ほんの数十分のおはなしでしたから。
小説風にしてやろーと思ったのが運のツキ、かかりもかかったり、ああ、情けない月一更新。

ご心配おかけしました。 って、あれ? いつものこと? あれれ?(笑)
ずいぶんと長いモンになってしまいましたが、コレでも割愛しまくったんですよ?
・・・めずらしく(笑)

掲示板でみかけた似たよーな怪談とゆーのは、もーちょっとヒネってありまして。

アノ方法で(笑)なんとか眠らずに一夜を明かし、無事下山した4名(?)
事の顛末を仲間の部員達に告げた際、首を傾げる部員がひとこと。

「・・・その方法じゃ、もうひとり。 5人目がいないと成り立たないんだけど・・・」

スガさんから聞いた話とどっちがオリジナルなんでしょね(笑)

なお、なんともソレっぽい登場人物たちですが全て「架空のヒト」ですので念のため(笑)


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もく☆

こんばんは☆
お久しぶりです♪
そのお久しぶりを忘れさせてくれる超大作ですね!
し・か・し。
わたくし、怪談は大の苦手でして。。。。
ワンダーフォーゲル部が山をはいずりまわるというところとか、
♪熊さんにであ~~った、、、ら、ケモモミチというところは
読んだのですが・・
そのあとはとても怖くて読めませんでした・・・。ごめんなさい(ぺこ
by もく☆ (2006-10-13 21:33) 

のぶ

♪もく☆ さま
おひさしぶり! いつもどーもすいませんな、このブランク(笑
ひっじょーーにもーしわけない。 でへへ。
・・・さて。
えーー、そのよーにお伺いいたしましたので目安としましての
「怪談レベル:0.5(5点満点)」でありまして、0.5/5の、
どこが怪談やねん?!なお話しであります(笑
こわかないっすよ~~。
by のぶ (2006-10-14 20:27) 

のぶ

ケンジですよ!
コメント書いたら名前がのぶさんのままで、変えられないよー!
by のぶ (2006-10-15 10:02) 

厨魔

どうも、架空の人です。

5人おらんと成立せえへんやん。
4人やったら三角の部屋やないと・・・・・。
by 厨魔 (2006-10-15 17:13) 

のぶ

ソネットさんがまたやってくれました(笑
コメント送信時の不可思議なるえらー。 うぷぷっ。 コレ笑える。

♪ケンジ どの
最初なんじゃコリャ? って思いました(笑
力作なんだよーん。 めちゃくちゃくろーしましたよーん。

♪厨魔 どの
このオチ、僕はなっかなか理解できませんでして(笑
スガさんによるイラスト付き説明でやっと理解したものでした。 おバカ?
・・・それゆえ。
活字のみのこのページ。 わかってもらえるのかどーか、不安でしたとも。
安心いたしました。 ありがとー & 出演ごくろうさま (笑
by のぶ (2006-10-15 20:18) 

もく☆

こんばんは☆
読みました~♪
>>このオチ、僕はなっかなか理解できませんでして(笑
これを読んでから、読んだので(変な日本語・・・・)
ちゃんと図にかきました!
この記事読んでたら、
小野不由美さんの小説を思い出しましたよ。
by もく☆ (2006-10-17 21:25) 

のぶ

♪もく☆ さま
読んでいただけましたか。
・・・ね? こわくなかったでしょ?笑 
ありゃりゃ、図解しないと分かりませんでしたか、もく☆さんも笑
小野不由美さん、十二国記とかでしたよね? 読んだコトないんです。
by のぶ (2006-10-19 13:42) 

おばど♪

ふぅ~~、長かった~!!
晩夏の怪談、冬になる前に、なんとか読めました。
んで、どこが怪談?!!
あはははは~、この長い文章は、、単にオチが言いたかっただけ?(笑)
お互い、お疲れ様~ww
by おばど♪ (2006-11-03 19:58) 

のぶ

そのとーり!(笑
オチがくだらない上、分かり難いのでダラダラと長文でカッコつけて
いるのでありますとも。 いつもども!です。
by のぶ (2006-11-04 18:05) 

papa007_

>「スターログ」をあろーことか、電車内でひろげるとゆー暴挙
(笑)昔に比べたらゆるい時代になりましたねぇ
「首」を保温する、っての勉強になりました。寒いと靴下引き上げちゃいますもんね。4隅のカラクリもだけど、5時間睡魔と闘わなければならない「状況」が、想像するとめちゃくちゃイヤです、、
by papa007_ (2006-11-21 16:22) 

のぶ

♪ papa007_ さま
正直自分でもヒいてる長さなのに(笑。 ご・ごくろうさまでした。
マフラーに手袋、そしてルーズソックス。 全「首」完全装備(笑。
ミニスカはいててもあのファッションて実は、かなり保温性が高いんですよ?
by のぶ (2006-11-22 06:21) 

papa007_

な、、、なるほどね!!
なぜ、生足をまだらにしてまで、あの格好を貫くのか、男の僕には
想像外のスタイルだったのですが、言われてみれば暖かいのかぁ(笑)
by papa007_ (2006-11-22 11:29) 

のぶ

♪ papa007_ さま!
世界一イケてるファッションだと信じてるから貫いてるんでしょう。 ・・・たぶん。
保温性を考慮してやってはるワケじゃないと思いますので、念のため(笑。
ハラマキ巻いてたらカンペキでしょね(笑。

・・・そりゃそーと。
papa さんとこのコミックリストを参考にして購入しました「働きマン」
かなりイイです! ガマンできずに?買ってしまった「監督不行届」で
安野モヨコ さんの、ってか、ダンナさんの壊れっぷりに抱腹絶倒してたン
ですが、どーしてどーして。
置き場が無いから可能な限り「買わぬ。買わぬわ~!」と耐えてるってのに、
あんなのも~ヤメて? お願い(笑。

・・・ついでに。
PS2で出ちゃいました、ジョジョの1ST。
面白そう!? どーしましょ?(笑。
by のぶ (2006-11-22 19:54) 

のぶ

おっと! 「ジョジョの奇妙な冒険ファントムブラッド」ですけども
あの、よーもまーココまで! だった「黄金の疾風」とメーカーが
違ってますねえ・・・。
バンダイナムコ。 ん~~~~、・・・ビミョウ。 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「中古待ち」が吉。 かな? だな(笑
by のぶ (2006-11-22 20:08) 

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