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「怪談」 (後編) [怪談]

※前・中・後の3部作になっています。初めてのカタは下にある前編から
  お読みにならないと、恐らく楽しめません。
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漆黒の闇。

 「金縛り」のさなか、目を開くことができない。
  周囲はおろか、目の前ですら確認できない。

ノイズによる静寂。

 「金縛り」のさなか、耳鳴りが止まらない。
  ごーーーっという音以外、僕の耳は何も拾ってくれない。

微動だに許してくれない拘束。

 「金縛り」のさなか、指一本動かせない。
  タオルケットを一枚かぶっただけ。無防備に横になったままの姿勢。
  攻撃はもちろん、防御もままならない。

そして、顔にあたる「呼吸」。

危機的状況が頭脳を加速し、希望と絶望が浮かんでは消える。

・・・「イタズラ」ではないか?
同じ階のヒグチなら十分やりうる。今夜の集会にも参加していた。
退出したフリをして、

・・・ありえない。

この狭い部屋のどこに隠れるというのだ。
確かに全員出ていったし、ドアにも施錠をした。間違いない。
この手にドアノブ中央の施錠ボタンを押した感触がまだ残っている。

・・・「窓から侵入」したのではないか?
寝入ったタイミングを見計らって窓から侵入すれば、

・・・ありえない。

クーラーの外付け機はおろか窓手すりすら無いこの寮は、外壁におうとつの
無い作りだ。そしてここは4階、最上階だ。落下は下手をすれば死を意味する。
この夜中に命を賭けてまでするようなことではない。

では、コイツはナニだというのだ?

自分の顔のすぐ近く、「息のかかる距離」に何者かの顔がそこにある。
そのイメージが頭に浮かび、凍りついた。

心臓が激しくビートを刻みはじめる。
例えようの無い悪寒が背筋を走り、全身が硬直する。
疑問は恐怖に変わり、今や絶望へと取って代わった。

ふいに耳が異変をとらえる。

ごーーーっという耳鳴りの他に、明らかに異なる音を拾い始めたのだ。
時を同じくして、顔にあたる呼吸が強くなる。

はーーーっ はーーーっ 「呼吸の音」だ。

・・・気付いている。
コイツは僕が「呼吸」だと知ったことに気付いている。

気付いてむしろ、開き直ったのだ。

そうだ コレは呼吸だ ほら、逃げてみろよ? どうした?
いつまでタヌキネイリを続ける気だ? 目を開け! おいっ!

先ほどまでとうってかわって、呼吸であることを前面に押し出し、恐怖する
僕をアオッテイル。

はーーーっ はーーーっ 

呼吸音はさらに大きくなり、顔に吹き付けられる呼吸はその勢いも、熱気も、
まるで今にも噛みついて来そうな勢いだ。

それでも僕は闘っていた。
認めまい、認めまいと懸命に希望を探していた。
人であると。
寮生のイタズラであるのだと。

ナニかが鼻先をかすめた。

当たるか当たらないか、そのぎりぎりの範囲で冷たいナニかが鼻に触れたのだ。

思考が停止した。

希望詮索も、犯人探しも、すべては恐怖に駆逐され、何も考えられない。

正直、生きた気がしなかった。

いつしか僕は祈っていた。祈るというより、謝るに近かった。

( わかった。もう、十分わかったから止めてくれ。
  認める。金縛りは心霊現象だ。
  もし怒ってるなら、赦してくれ。心霊現象とみとめる。
  悪かった。馬鹿にしてたわけじゃないんだ。
  怖かったから認めなかっただけだ。認めたくなかっただけだ。
  よくわかった。よーーくわかった。だから、 )

「やめろ」

呪縛から唐突に解き放たれた声帯は、そう発声しようとして雄たけびをあげた。
次の瞬間、僕はベットから転がり落ちていた。

僕の場合、ほんの少しでも体の一部を動かすことができれば金縛りから自由になれる。
「目を開ける」「指を曲げる」この些細な動作一つで、あの忌々しい金縛りが一瞬で
解けてしまうのだ。

「声を出す」ことで金縛りから開放された僕は、目の前のナニカを手と足で突き飛ば
したのだ。その反動でベットから床に転がり落ちたのだった。

暗がりに目をこらす。ベットの上を、よつんばいのまま凝視する。

ゆっくりと目が暗闇に慣れて行く。
かすかではあるが、月明かりが部屋をぼんやりと照らしている。
ベットの上にはナニもない。 ダレもいない。
一枚のタオルケットと枕があるだけだ。

壁際に飛び、スイッチのあるあたりをたたきまわる。
振り回した手がようやくスイッチにあたり、蛍光灯がつく。
ベットの上、周囲、やはりナニも無い。

まぶしさに眩みながらも部屋中を見回す。 ナニも無い。

窓は半開き。彷徨う生霊との遭遇を嫌って、半分しめたあのままだ。
扇風機はけなげに微風を送り続けている。

夢だったのだろうか?

心臓の激しい鼓動はいまだおさまらない。
吹き出た冷や汗によって、全身がぐっしょりと濡れている。
時計に目をやると、2:10。やはり寝入りばなの出来事だったのだ。
数時間にも感じられたあの恐怖は、数分の出来事だったようだ。

いきなりドアが音を立て、僕は飛び上がりそうになった。

「大丈夫か? ナニがあったんだ?」
叫び声に驚き、誰かが心配して見に来てくれたようだ。
施錠を外し、招き入れる。
5~6人いただろうか。
2階の班長が居たことから、叫び声はかなり大きかったことを物語っていた。

すごい顔色をしていたのだろう。
皆の僕を見る表情でそれがわかる。

ベットに腰掛けて、状況を説明する。
動揺がおさまらず、うまく言葉が出ない。
「金縛り」、「呼吸」、「鼻にあたったナニカ」。
なんとか言葉にすることはできたが、ひどくどもってしまってなんとももどかしい。

見舞いに来てくれた皆の顔色が変わっていく。
その表情が僕の動揺をさらに大きくしてしまう。

「ここにこーして横になってたんだ」
言葉に出来ないもどかしさに耐えかねて、僕はベットに横になった。
動作で説明しようとしたのだ。

「そしたら、 」
横たわった僕の目には、鼻先にあたるくらいに接近した白い壁が飛び込んできた。
ベットは西側の壁にくっつける形で配置されているのだ。
ベットに残る体温が、その時僕がこの体勢でこの場所に居たことを物語る。
大きく息を吐いてみて、ソレを確認する。
・・・顔に風があたる。
なまあたたかく、十分すぎるほど湿った風だ。

黙り込んでしまった僕を心配して、皆が覗き込んできた時。
僕はうれしさと自分のマヌケぶりに、大声で笑い出してしまった。
『幽霊の正体みたり枯れ尾花』

「壁だ。壁だったんだ!」

・・・なんのことはない。
寝返りをうった僕は、壁にキスするほど隣接してそのまま金縛りにあっていたのだ。
顔に吹き付けられていたあの「呼吸」は、僕自身の呼吸だったのだ。
壁にあたって反射していたのだ。
鼻先に触れた「冷たいナニカ」とは壁だったのだ。

心配する皆に事情を説明し、詫びる。
深夜、丑三つ時に悲鳴でたたき起こされた哀れな彼らはやれやれといった表情で
自室に帰って行った。
この一件は翌日の昼までに寮全体に広がり、その日以降僕は「金縛り」と呼ばれる様
になったのだった。

幸いなことに僕には霊感がない。
生まれてから今日に至るまで、自身に起こった心霊現象を思わせる恐怖体験はこれきりだ。
精神的にずぶとくなったのか、金縛りの頻度も激減した。
最近では、たまに襲ってくる金縛りを楽しむ余裕すらある。
ホラー映画は隙あらばレンタルして楽しんでいるし、夏の定番であるテレビの納涼恐怖
番組は可能なかぎりチェックしている。
一説によると、恐怖によるドキドキは恋愛によるドキドキと類似しているため、
人はこのんで擬似恐怖を欲するのだそうだ。

だが、
あくまでも擬似である。
自分の身の上に起こった日にゃ!
ケータイでなにげなく撮った写真にナニか異常なモノが写ってしまったら?
寝ているときに冷たい手で足をつかまれたら?

これから先もあいかわらずホラー・怪談好きは直らないだろうが、自身には起こらないよう
祈るばかりなのである。

霊感を有する人と付き合っていた事もある。
これがもー、実にタイヘンなのであるがこれはまた後日。夏にでも。


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コメント 9

mayumi

「正体は何?何なの?」って
ドキドキしながら読みました。
うぁ~~壁だったとは!
でも、でも目に見えないって本当に怖いんですよね。

私は分娩室で固定されていた時に見ましたが
「あれ、何?なんでこんな所に居るの?」って感じでしたよ(笑)
by mayumi (2005-02-25 16:15) 

のぶ

・・・さりげなく一言でやってくれましたね。
そのコメントのほーが、あっとーてきに怖いじゃないすか!
これだから霊感のあるヒトは(笑)
いーもんね。無いほーがしゃーわせだもんね。
(・・・ちょっとくやしいのは、ナゼ?)
by のぶ (2005-02-25 16:22) 

mayumi

多分波長が合えば見えちゃうんじゃないかと。
普通の人に見えるんです。
でもその場所に居る事が有り得なかっただけで。
私は霊感無いです。
本当は少しあると思ってましたが(笑)
近所で家族にも知られず数日間、自分の部屋で亡くなった方が
いたんですが私その家に行っているのに全然気が付かなかった。
霊感ある人なら分かったんじゃないかなと思ったりして。

のぶさんの文の方が全然怖いです、マジで。
長くなってごめんなさい。
by mayumi (2005-02-25 17:43) 

のぶ

あらら、2回も。・・・かなり几帳面なカタとみた!
ありがとうございます。
波長すか。・・・かもしれませんね。
貞子には会いたくないですけど、亡くなったおじーちゃんおばーちゃんになら
会ってみたいかな?
by のぶ (2005-02-25 19:54) 

ばばる

うおー。すごい怖かった;;
mayumiさんのおっしゃるとおり、のぶさんの文章が怖い!
すごいです。
ナニカが解決してほっとした月曜日でした。
これで仕事も打ち込めますね(笑)
by ばばる (2005-02-28 09:33) 

おさ~る

最後の最後まで白いカーテンだと思ってました。や・ら・れ・たー☆
でも今トイレに行けなくてひじょーに困ってます。うぅ・・・・@(><)@
by おさ~る (2005-03-01 00:43) 

のぶ

こめんとありがと!
ふふふっ ・・・してやったり。
「文だけで怖がらせる」 コレ難しいです。
笑わせる のはまだなんとかできますが、怖がらせるってホント大変。
うむ。 もっとしょーじんせねばな。
by のぶ (2005-03-01 19:47) 

あじゃあじゃ

ひじょ~~~に怖かった・・・
そして面白かったです!!

僕の金縛りの状態も、のぶさんとまったく同じでした。
まず抵抗を試みるんですよね。叫んだり、指を動かしたり
寝返りをうったりと(全部“つもり”なんでしょうけど)
とても勉強になりました。

まぁ、もっともここ10年は「金縛り」もないですけど♪
夜中時々足をつるくらいで(^^;)
by あじゃあじゃ (2007-07-31 21:14) 

のぶ

♪あじゃあじゃ どの
怖い? ありがとー!(笑) そんなヒトコトが欲しいので
がんばっちゃうんでしょう、怪談語るヒトは。
「幽霊の正体みたり、枯れ尾花」 たいてーの心霊現象は
恐れ過ぎることによる勘違いなんでしょね。
カナシバリがなくなって、足つって、って・・・・。
最近の僕とそっくりおなじ(笑) 「トシ」ってコト?
ぐわあああ~~! こっちのが怖い~!

もひとつ。 こんなのはいかが?(笑)
「見えるヒト」
http://blog.so-net.ne.jp/udauda/2005-08-02
by のぶ (2007-08-01 06:19) 

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