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見えるヒト [怪談]

「・・・君も 『見えないヒト』 かあ。 やっぱり」

ちいさい溜息とともに、彼女はこころなし寂しげにそう言ったものでした。

仕事で病院に出入りしていた時分。 10年以上も昔のおはなし。

彼女は中堅クラスの病院に勤める看護婦さん。
彼女とは最低でも日に1回、多ければ昼と夜の2回、ナースステーションで顔を
会わせるという間柄。
明るく元気。 なにより社交的で話上手な方だったので、彼女とたわいない雑談
をかわす事が楽しみとなっていました。

「・・・?」

彼女のちょっとしたクセのせいで、僕は時々首をかしげたものでした。
会話の途中、彼女の目は天井、はたまた僕の背後の壁にむけられたまま固定され
てしまうんです。
「またやってしまった」とゆーような表情をしてそのフリーズは、じき解かれて
中断してしまった会話が何事も無かったかの様に続けられる、このよーなパターン
がしばしば繰り返されました。

元気で明るい彼女は、ちょっとイタズラ好きな人でもありました。
病院についてまわる怪談をしてみせては、相手を怖がらせて喜ぶ。
そういうヒトでしたので、コレもその イタズラの一つ なのだろうと思っていました。

あわただしい昼間はさほど気にならないものの、夜となれば話は別。
ただでさえ、外来受付の終了した時間帯の病院とゆーものは、入院の経験がおあ
りのかたならよーくご存知のとおり、ただならぬ雰囲気 が漂っているものです。

緑色した非常灯と必要最小限の明かりしか灯らぬ病棟。
自分の足音だけが響き渡る、その静寂さ。
外来患者や急患、お見舞いに来ている親族たちでごったがえしの昼間の顔を知って
いるだけに、およそ正反対ともいえるこの静かさがかえって強調されるのでしょう。

そこだけこうこうと照明が灯り、ナースステーションはまるで真夜中の大海に浮か
ぶライトアップされた豪華客船の様です。
逃げ込むような感じでナースステーションに駆け込んでしまうのは、夜間の病院
がかもし出す、あの独特な雰囲気のせいでしょう。

・・・そこへ、あのフリーズ。

尋ねぬ方がおそらくは幸せなんでしょうがその夜、僕の後方やや上のたぶん天井
をみつめたまま固まってしまった彼女に、僕はついに尋ねてしまったんです。

「・・・なんか 見えるんスか?

彼女は困った様な表情を浮かべながら照れ笑いし、ゆっくりと語ってくれました。

彼女はいわゆる 「見えるヒト」 なのでした。
映画「シックスセンス」の主人公よろしく、おそらくは「霊」が見えるヒト。

会話の途中、天井や壁に向けられていたその視線の先には「普通なら見えないモノ」
があったのでした。

彼女は物心つく前からごくごく当たり前のように、風景の一部として霊を見ていた
と続けました。 誰にでも見えているものだと思っていたそうです。
幼稚園に入った頃、友達と話が噛み合わないことが続き、「見える」のはヘンで
「見えない」方が普通なのだと理解したそうです。

友達を怖がらせたくない。 変わっていると思われたくない。
彼女が、見えないフリをする様になったのはそれからすぐの事だったそうです。

彼女が見えないフリをするのは、自分のため・知人のためだけではありませんでした。
小学校上級生になったころ異変が起こったのです。

例えば、目が合ってしまう」
「見えている」とゆー事が他ならぬ相手、霊にも分かってしまうのだそうです。

そうなってしまうと霊は、ナニカをたくそうとして彼女に言い寄って来るのです。

ところが彼女は、映画「シックスセンス」と事情が異なり、「見える」がしかし
「聞こえない」ヒトだったのです。

彼女にまとわりつき、必死でナニカを伝えようとする霊。
しかしその声が聞こえない。 ゆえになにもしてやれない。

「・・・なんていうか、助けてあげられないのに期待だけさせちゃうのは悪いから」

以来彼女は周りの人に対しても、「見えてはいけないモノ」に対しても、見えない
フリを続けていたのでした。 その様子が気になり、視線を向ける場合でも決して
目を合わせることだけはしない様にしていたそうです。

助けてやれるものなら助けてあげたい。 聞こえないから何もしてやれない。
そのジレンマは彼女を看護婦という、人を助ける仕事に就かせていました。

たいした宗教観も無ければ、科学万能を信じて疑わないという確固たる信念も持ち
合わせていない僕は、彼女の告白をすんなりと受け入れていました。
仕事で2年以上付き合っていましたので、そういうウソをつくヒトかどうかくらいは
なんとなく分かってたんです。

「告白」の後。 いつもの怪談は、ひとづてのお話しでなく彼女の実体験へとより
なまなましい現実的な話し に変わりました。


  夜勤があけて、徐々に明るくなって行く病棟。
  着替えるためにロッカールームへと向かう途中で、入院患者さんとすれ違う。
  なんの違和感もなく挨拶し、自分のロッカーを開けて白衣をぬぐ。
  お気に入りのセーターに頭を入れようとして、ふと。
  さっきすれ違った患者さんは、先週の水曜日に亡くなった鈴木さんだと思い出す。

「ありがちな話だけど、これで結構よくあるのよ。 よくあるから怪談になってテレビ
 とか映画とかでやるんじゃないの。 おだやかな顔をされていたから、問題ないと思
 うのよ。 なんとなく分かるのね、わたし。
 ・・・その廊下だけど、今君が立ってるその廊下 よ? あははははっ」

 

  いつも「誤作動」という形で片付けられてしまうのだが、彼女が夜勤の日に限って
  あるきまった病室からナースコールがある。
  時刻も毎回ほぼ同じ。
  かけつけてみるのだが該当する患者さんは、不在だったり熟睡中だったり。

「私が担当していたおばあさんのベットだったの、そのベット。 亡くなられてもう
 かなり経つんだけど。 コールがある時刻はおばあさんのご臨終した時刻なのよ。
 その日、私は夜勤じゃなかったのよね。 私に会いたいのかしら?」

 

  バイクの事故でかつぎこまれた青年は、両足と利き腕を複雑骨折していることが
  判明し、入院することとなった。
  若さもあってかその青年は順調に回復へと向かっていったのだが、彼女は少し気
  がかりなことがあった。

「いつも女性が付き添っているのよね。 やあね、もちろん生きてるヒトじゃないわよ。
 ・・・とりついているのかと思ったのよ。 けどね、悪意はぜんぜん感じないの。
 むしろ見守ってるって感じかな? よくよく聞いてみると、彼、その患者さん、
 子供のころに母親を病気で亡くしてたのよ。
 心配で心配で、ずーーっと見守っていらっしゃるんだわ。 結婚したことないケド
 同じ女性として、その気持ちはいよーーーく分かるわ。 死んでもおかしくない
 大きな事故だったそーなんだけど、・・・お母さんが助けてあげたんじゃないかって
 思うのよねえ」

 


「あくまでも私の場合は」とゆー条件つきで彼女は語った。
その時の体調や感情に影響を受けるそーなのだが、あまり鮮明には見えないものらしい。
普通は輪郭などがぼんやりとしていてあいまいなのだそうだ。 表情はおろか影しか見
えない場合も少なくないらしい。 霊の状況なども影響しているのだと彼女は言う。

はっきりと見える場合は危険な場合が多いらしい。
未練やら恨みやら哀しみやら、生前の出来事に囚われている者ほどより鮮明に見えるの
だそうだ。

「執着が強いんだと思うのね。 だから怖い、近寄りたくない。 なにかされそうで」

  同じ病院に勤める彼女の先輩は、なにかと気の合う職場仲間となった。
  境遇がよく似ているためだ。 そう、彼女もまた霊感があったのだ。
  霊の感じ方とらええ方は人それぞれあるようで、彼女の先輩は「見る」よりも
  「感じた」り「聞く」方が得意なのだという。

  夜勤シフトが重なり、彼女と先輩、ふたりの霊感保持者が同じナースステーション
  にこもることとなった夜。 それは起こった。
  最初に異変を察知したのは先輩。 それは聞き覚えのある、ある「音」だったという。

 「びしゃり びしゃり」

  夜勤のナース以外は誰ひとりとして起きてはいないはずの深夜。
  先輩は始め、蛇口からしたたる水滴の音と思ったのだそうだ。
  そんな先輩が「・・・出たみたいよ」と彼女に耳打ちしたのは、その水滴の音が移動
  していることに気が付いたからなのだった。

  遠くから聞こえていたその音は、ゆっくりと彼女達のこもるナースステーションを目
  指し近づいて来たそうだ。
  近づくにつれその音が水滴のそれではなく、一ヶ月以上も続いた例の足音である事に
  先輩は気づいた。

 「・・・ヤマナカさんだと思う」

  硬直する先輩をよそに、ナースステーション入り口、白いカウンター越しの暗闇を凝視
  していた彼女は、小さく悲鳴をあげた。
  空中を漂う小さいふたつの黄色いボール。
  それが、黄色に染まった眼球であることが分かったのだ。

 「ヤマナカさんです」

  末期の肝臓障害と診断されたヤマナカさんは、担当医の告げた余命宣告に硬直し、その
  担当医のむなぐらを掴んで「生きたい。 死にたくない」と泣きながら懇願した。

  痛みきった肝臓から染み出た、肝臓特有の成分は血管を経由して全身をめぐり、その成分
  独特の色、黄色に全身を染め上げる。
  生後すぐ、そして肝臓を傷めてしまった時に起こる現象、黄疸(おうだん)。
  赤ん坊の頃、だれしも一度体験するのではあるが、肝臓が発する次のサインは肝臓が取り
  返しのつかぬ危機的状況になってからなのだ。
  肝臓が「沈黙の臓器」と呼ばれるゆえんである。
  
  黄疸も末期ともなれば、元来白いはずの眼球は、まるで染料で染め上げたかのような黄色
  に染まってしまう。
  余命半月と診断されたヤマナカさんの眼球は、少し離れた所からみてもそうと分かるほど
  真っ黄色に染まっていたという。

  半月という、あまりにもむごい宣告を受けたヤマナカさんは「リハビリ」と称し、その病
  んだ体に点滴を刺したまま日に2回、病棟内を徘徊することを日課とした。

  これまでの長い闘病生活による床ずれは、背中にとどまらず足となく腕となく、ベットに
  接する全ての部位におよび、全身の床ずれした箇所から体液が滲んだ。
  拭き取っても拭き取っても、体中から滲みでてくる体液でヤマナカさんの全身は常時濡れ
  そぼり、足とスリッパそして床の間で「びしゃり びしゃり」と嫌な音をたてた。

  点滴を吊り下げた点滴用の器具を杖がわりに、奇跡の回復を祈りながら一歩一歩と徘徊する
  その姿には危機迫るものがあったという。
  担当医・看護婦はおろか、その親族たちですら止めることができなかったそうだ。

  生きることへの執着。 死を受け入れられないヤマナカさんは、宣告された余命の倍以上
  を生き、無くなるその前日まで「リハビリ」を続けた。

  鮮明にはっきりと見えた、宙を漂う眼球。
  その鮮明さは彼女のいう「強い執着」を意味していた。
  彼女によるとこの死後の徘徊は、一ヶ月近く続いたそうだ。
  
  時間の経過とともにその鮮明さはゆっくりと失われ、全身が見て取れるようになるとその
  表情も穏やかなものになっていった。
  やがて彼女の表現で言う「光の柱」になり、徘徊はなくなったそうだ。

「死を受け入れることができたんだと思うのよ、わたしは。
 迷うこととか受け入れられなくて悩むことって、生きてる内にもしょっちゅうあるでしょ。
 時間かけて受け入れて、納得できれば次に行ける。 亡くなった人もいっしょ。 でしょ?」

 

そんな彼女のおかげで僕は、死という現象・霊というものの存在についてかなり考えさせ
られ、鍛えられました。
闇雲に怖がるだけの忌み嫌う現象ではないのだと分かった様な気がしたものです。
そして、これは前回の「怪談」でも語りましたが、霊感が皆無であることに改めて感謝
したのです。

さて、その彼女なんですが。
仕事先の人でなければ、僕は迷わず玉砕カクゴで交際を申し込んだであろーべっぴんさん
でもあったのだった。 ・・・のに、彼氏がいない。もしくは、できない。

うれしはずかしの初でーと。
彼との会話が途切れてしまうのは緊張のためだけではない。 待ち合わせ場所から見える
すぐそこの踏み切り。 少女とおぼしき影が、線路のまんなかでうずくまりながらじーーっ
と、足元の線路を見つめている、のに気を取られてしまったからだ。

電車の4つ席に肩を並べて仲良く座り、二人して車窓を流れる景色をながめる。
彼女の笑顔がにわかにくもり、うつむいてしまったのはやはり、窓から見える風景には適
さない不自然なナニカを目撃してしまったためなのだ。

映画・ディナーとお約束のコースをめぐり、飲んだワインに背中を押され入ったカラオケ
ボックス。 案内してくれた店員に「・・・すいません。部屋を変えてください」と彼女
が言ったのは、赤いドレスを身にまとった女性がその天井に張り付き、その長い髪の毛を
床近くまで垂らしているのが見えてしまったからなのだ。

・・・さもありなん。

ムーディーな夜景を前に、カクゴを決めてくれた彼女の顔に自分の顔を近づけようとした時。
意を決してウインカーを出し、建物にはおよそ不自然なカーテンをくぐろうとした時。
部屋のドアを開け、絵に描いた様なそのグロテスクともいえる内装の雰囲気に苦笑いした時。
バスタオル一枚の彼女がベットに腰かけている時。

彼女の視線が自分以外のナニカに固定しているってのは、ちょっと・・・イヤかも。

医療業界から足を洗ってしまった今となっては、彼女が何をしているのか知る由もありません。
それでも彼女はおそらく今日も、白衣の天使を続けていることでしょう。


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mayumi

いやん・・・怖すぎる。
相手が自分ではなく違うところを見ているのはやっぱ怖いよね。

動物達の視線が自分には見えないのに
ある1点を見続けているだけで怖いのに・・・。
by mayumi (2005-08-03 15:06) 

おばど♪

この暑い時期に、思わず固まってしまいました。
普通見えないものが見えるのは、ちょっぴり羨ましい気もするけど、やっぱ見えないものは見えない方がいいと思う。
このひとは、これで果たして幸せなんだろうか?
ふっと思う。
すっかり運命として受け入れているような気もしますが・・・?!!

んで、動物にもそういう能力があるとか・・?
犬が急に遠くに向かって吠えだしたりすると、何か見えるんかなぁ〜?なーんて思うのは私だけ・・?!!
by おばど♪ (2005-08-03 21:09) 

ファンシーモンキー

年末にトラックバック頂いていたのに、ようやく今日ゆっくりと読む事が出来ました。だって、、、

最近、テレビで江原さんなる方がしきりと霊の在り様、生き残る人々への助言などをしています。そして思いました。やっぱり、能力が有る人達は、それなりにやるべきこと、伝えるべき事があるのだと。
by ファンシーモンキー (2006-01-07 12:50) 

のぶ

♪ファンシーモンキー 様
こりゃまたご丁寧に(笑) ご来店ありがとーございます。
・・・ですねえ。 ぼかーかいもく霊感ぜろなんで何ともいえませんが
どーやらその霊感にも、個性があるのだなと知った次第。
作中の看護婦さんの場合、無いほーが便利とゆーレベルですね。
困ったヒトがいるってのに、その想いが分かんないなんてちょっとね。
あ、猫に似てるかも? にゃーにゃー騒がしく求め訴えてくれますが
ホントのとこはなかなかわからない(笑) おあとがよろしいようで。
by のぶ (2006-01-07 20:51) 

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